松下孝之助の本を読んでいると、思わず姿勢を正している自分を発見します。

その本はやさしく問いかけてくるのですが、その端々に怖いくらいの力強い思いが含まれているのです。

「続・志のみ持参」上甲 晃、致知出版社

続・志のみ持参―生き方の一流をめざそう
上甲 晃
致知出版社 (2001/03)
売り上げランキング: 131,390
おすすめ度の平均: 5
5 座右の書
5 背筋の伸びる本

【私の評価】★★★★★:絶対お薦めです!家宝となるでしょう


■著者紹介・・・上甲 晃

 1941年生まれ。大学卒業後、松下電器産業入社。
 81年松下政経塾に入職し、同塾塾頭、常務理事・副塾長を勤める。
 96年松下電器産業を退職後、(有)志ネットワーク社設立。
 「青年塾」を全国5ケ所で展開。

●十四年間、松下幸之助とともに松下政経塾で仕事をしてきた
 上甲 晃氏が「松下幸之助に学ぶ 経営者・幹部の経営心得」
 とのテーマで講演した内容をまとめた一冊です。

 松下幸之助のエピソードが圧巻で、電車の中で読み始め、
 そのまま自宅まで、歩きながら読みきりました。

 私はリュックサックにパソコンを入れて持ち運びしているため、
 私の歩きながら読む姿は、きっと二宮尊徳のようだったでしょう。

●松下電器からは多くの優秀な経営者が輩出されていますが、
 これはすべて松下幸之助の教育によるものです。

 松下幸之助と一緒に仕事をするなかで、
 多くの人が成長していったのであり、
 著者もその一人ということになります。

 ・君な、本当に人を育てようと思ったら、育てる君が二十四時間、
  塾生と共に生活する、それぐらいの覚悟がなかったら、
  人なんか育てられんぞ(松下幸之助)(p54)

●一番、身につまされたのは、著者が「小成功病」と呼ぶものです。
 ちょっと成功して安定した生活が手に入ると、成長が止まって
 しまうというものです。

 ・ちょっと売れ始めて、ある一定の年収にはまると、九割のタレントは
  そこでタレントとしての寿命が終わってしまう。その年収を
  超えられないと言うのです。その「危ない年収」がいくらかと言うと
  千二百万円から千五百万円です。(p27)


●症状としては、天狗になる、本業に身が入らなくなるという
 ことです。

 確かに生活が安定すると、そこで満足してしまう
 というのは人間の性なのかもしれません。

 ・「小成功病」という病気にかかるのです。・・・第一の症状は、
  途端に天狗になる、急に偉そうにし始めると言うのですね。・・・
  二番目の症状は、「本業に身が入らなくなる」ことだそうです。
  (p31)

●しかし、その小成功の壁をやぶるのは、「志」であるといいます。
 自分だけでなく、より大きいものを目標にすることで、
 本当の成功というものが見えてくるのです。

 ・私の言う大成功というのは、もっと金持ちになるということでは
  ありません。私の好きな宮沢賢治に、「世界が全体幸せにならない
  限り、個人の幸せはあり得ない」という言葉があります。(p35)

●もともと私は松下幸之助のエピソードには弱いのですが、
 私を歩きながら本を読む変なオジサンにさせてしまったほどの一冊
 ということで★5つとします。

■この本で私が共感したところは次のとおりです。


 ・小島直記先生は、「志には三つの条件がある」と教える。
  三つとはまず人生のテーマを持つこと、そして、
  生きる原理原則を持つこと、最後に、言行一致であった。(p2)


 ・松下幸之助の口癖は「常に信念を持たないかん」でした。
  「固い信念を持たないかん。信念がなければなるもんもならん」
  という考え方なのです。(p22)


 ・松下電器で、それこそ松下幸之助をはじめとする最高幹部の人たち
  には三つの特徴があった・・・第一に、朝が早い。・・・二番目、
  とにかくしつこいと言うのです。・・・三番目は、小さなことに
  うるさいと言うのです。(p108)


 ・「使い終わった後の部屋を見たら、その人の人間性がわかる」と
  ホテルの支配人さんは言う。その支配人さんは、こうも言いました。
  「始末ぐせの悪い人は決して偉くならない」と。(p74)


 ・宴会を開くときに、「九時まで貸してください」とお店と約束
  したとします。そうしたら、「必ず十分前に終わる」という
  ことを励行したのです。・・・みんなで宴会場の片づけをするのです。
  (p78)

▼引用は、この本からです。
「続・志のみ持参」上甲 晃、致知出版社(2001/3)¥1,365
【私の評価】★★★★★:絶対お薦めです!家宝となるでしょう


 

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本のソムリエ公式サイト発行者の日記

【松下孝之助の生涯】
1894年生まれ。1989年永眠。

和歌山県和佐村で小地主8人兄弟の末っ子として生まれましたが、父が相場で失敗し、小学校を中退、単身、親元を離れて大阪に丁稚奉公に出ます。

その後、自転車店、セメント工場などに務めた後、これからは電気の時代が来ると直感した松下は、大阪電灯(現関西電力)に入社し内線係見習工となります。

そして、22歳の時に会社を辞めて独立。電球ソケットを製作、販売するも、商品が売れずに食費にも困るような苦労をします。

その後、徐々に受注が増え、翌年には松下電気器具製作所を設立。ランプ、アイロンなどを製作し、1930年に非常に故障の少ないラジオの開発に成功し、これで松下の名前は一躍有名になりました。

1933年には事業部制を実施し、本体は松下電器産業株式会社に改組する一方、松下電器貿易、ナショナル電球、松下造船などといった関連会社を次々と設立していきました。

戦後は一時GHQによる財閥解体の余波で生産活動ができない状況に陥りますが、ひとつずつ生産再開の許可を勝ち取り、昭和30年代には完全に復活しました。

その後、1952年にはオランダのフィリップスと提携。1959年にはアメリカ松下電器を設立。松下はやがて世界のパナソニックになっていくのです。

第一線から身を引いた後は、PHP運動を通して真理の社会的実践を目指しました。

1980年には、これからの日本には信念あるリーダーが必要と考え、松下政経塾を開塾。多くの有望な政治家の育成に努めたのです。