松下孝之助の本を読んでいると、思わず姿勢を正している自分を発見します。

その本はやさしく問いかけてくるのですが、その端々に怖いくらいの力強い思いが含まれているのです。

素直な心になるために PHP文庫

素直な心になるために PHP文庫
松下 幸之助
PHP研究所 (2004/04/01)
売り上げランキング: 5,789
おすすめ度の平均: 4
5 自分が変わった
3 これぞ、松下教の真髄!
5 松下哲学の根本理念

(私の評価:★★☆☆☆:時間とお金に余裕があればぜひ)


●著者紹介・・・松下 幸之助

 1894年生まれ。松下電器創業者。1989年逝去。


●松下幸之助は「素直な心」というものをよく口にしています。
 そしてこの本は、その「素直な心」について、松下幸之助の
 考えをまとめたものです。

 ・素直な心というものは、だれに対しても何事に対しても、
  謙虚に耳を傾ける心である(p34)


●なぜ、それまでに松下幸之助が「素直な心」についてこだわるのか
 といえば、その「素直な心」というものが、いかに難しいもので
 あるかということだと思います。

 ・人間というものは、どうしても知らず識らずのうちに
  自分中心に、あるいは自分本位に物事を考えがちになって、
  他人から見たらずいぶんおかしいことでも、一生懸命に
  考え、それを正しいと信じている場合が多いからでは
  ないでしょうか。(p165)


●企業において、役職が上になればなるほど、歪んだ情報ばかり
 となり、真実が見えなくなってきます。

 ・素直な心になれば、現状にとらわれるということがなくなって、
  つねに何が正しいか、何がのぞましいかということがおのずと
  考えられ、それがスムーズに見きわめられていくようにも
  なるでしょう。(p87)


●そのような状況において、いかに真実を見つめ、判断が
 できるのか、ということが、企業およびその人の将来を
 決めていくのでしょう。


●本としては、「素直な心」だらけで「くどいな」という感じで
 ★2つとしましたが、「素直な心」の大切さは、いくら語っても
 語り足りません。


■この本で私が共感したところは次のとおりです。


 ・お互いが素直な心を養おうとする場合には、やはり何と
  いってもまず初めに、素直な心になりたい、という強い
  願いをもつことが必要だと思います。(p162)


 ・物事の道理をよくわきまえ、度量も大きく、指導者として公の
  怒りをもってなすべきをなしたというように、信長は信長なりに
  素直な心を大いに働かせていたと思うのです。(p122)


 ・“無理をしてはいけない”ということは、お互いの日常生活
  においてしばしばくり返しいわれていることではないかと
  思います。・・・しかし、このあたりまえのことが、実際には
  なかなか守られにくいようです。(p138)


素直な心になるために」松下 幸之助、PHP研究所(2004/4)¥540
(私の評価:★★☆☆☆:時間とお金に余裕があればぜひ)

【松下孝之助の生涯】
1894年生まれ。1989年永眠。

和歌山県和佐村で小地主8人兄弟の末っ子として生まれましたが、父が相場で失敗し、小学校を中退、単身、親元を離れて大阪に丁稚奉公に出ます。

その後、自転車店、セメント工場などに務めた後、これからは電気の時代が来ると直感した松下は、大阪電灯(現関西電力)に入社し内線係見習工となります。

そして、22歳の時に会社を辞めて独立。電球ソケットを製作、販売するも、商品が売れずに食費にも困るような苦労をします。

その後、徐々に受注が増え、翌年には松下電気器具製作所を設立。ランプ、アイロンなどを製作し、1930年に非常に故障の少ないラジオの開発に成功し、これで松下の名前は一躍有名になりました。

1933年には事業部制を実施し、本体は松下電器産業株式会社に改組する一方、松下電器貿易、ナショナル電球、松下造船などといった関連会社を次々と設立していきました。

戦後は一時GHQによる財閥解体の余波で生産活動ができない状況に陥りますが、ひとつずつ生産再開の許可を勝ち取り、昭和30年代には完全に復活しました。

その後、1952年にはオランダのフィリップスと提携。1959年にはアメリカ松下電器を設立。松下はやがて世界のパナソニックになっていくのです。

第一線から身を引いた後は、PHP運動を通して真理の社会的実践を目指しました。

1980年には、これからの日本には信念あるリーダーが必要と考え、松下政経塾を開塾。多くの有望な政治家の育成に努めたのです。